2018/08/11 18:06

外見で、目立ちたくなかった。

私=デカい子。
まるで私のアイデンティティはそれが全てであるように語られるのが、ずっと苦痛だった。

会う人会う人に、まず聞かれる質問。
なぜ、コンビニでジュース1本買うのに、レジのオバサンにまで
「まー大きいわね!身長何センチ!?バレーでもやってるの?」
と聞かれなければいけないの!?


ランドセルが似合わない、と笑われた。
同じであることを強要されている気がして、どうせ同じになれない私は、制服のない高校に進学した。

努力が形となって表れ、褒められるのはうれしかった。
大きいだけで、運動神経も悪かった私は、バレー部でも芽は出ず、自然と勉学に励んだ。

人は外見じゃない。 私は、中身で勝負するんだ。

成人式も、振袖は着なかった。
代わりに両親には、パソコンを買ってもらった。

大学に入学してからは、華々しいキャンパスライフを送るキラキラ女子を尻目に
ひたすら紙とエンピツで理論宇宙物理学に勤しんだ。

膨大な課題に追われ、難解極める数式に悪戦苦闘する日々。

”ミス青学”なんて興味ない顔をしながら、きっと心のどこかでは、
キラキラした外見にチヤホヤされる別世界の女子たちに嫉妬する部分があったと思う。 

時は経ち、社会人になり、
外資系コンサル会社に就職した私は、
マレーシアでの研修で強烈な劣等感を味わった。

場を読み空気を読み、様子を伺う自分とは裏腹に、
発音や文法が間違っていようが意に介さず
主張を繰り広げる中国人とインド人。
頭の回転が速く、早口で議論をリードするシンガポール人。
ホストとして最大限のおもてなしをしてくれた華僑のマレーシア人。
ユーモアたっぷりでどこか日本と文化の似た、知的で美人のインドネシア人。

彼らに私はどう映ったのだろうか。

最終日の英語のプレゼンで受けた拍手は、どう考えても内容に対してではなく、
モジモジしてた日本人が英語で発表をしたということに対してで、
それが、とにかく悔しかった。

見た目も母国語も宗教もアイデンティティも異なるメンバーの中で、
身長が高いことは、単なる私の個性の1つに過ぎないことに気が付いた。

世界には、色んな見た目の人がいる。
もっと堂々と胸を張って歩けば良い。
そして、もっと、自分が日本人であるということに誇りを持ちたい。

*****

そんな折、祖母の家で眠っている着物を見つけた。
もったいないから、着てみよう。
そう思ったものの、そこからのあまりのハードルの高さに愕然とする。

まず、サイズが合わなくて、そのままでは着られない。
お直しには数万円~10万円以上かかると言われる。
しかもキレイに自分サイズになるわけではなさそう。

では、新しく買おう。と思い、呉服店へ。
すると、反物は幅が決まっているから、袖丈も着丈も、自分用に仕立てても結局長さは足りないという。
「それか、相撲取りのように、2反使って仕立てるかね。値段も2倍ですけどね」
一般人よりも相撲取りに近いと言われているようで、とても買う気は起きなかった。

とにかく高いからと、新中古を求めに行くと、色もデザインも一切選べずに、問答無用で
「あなたみたいな大きい人には、これしか着られないわね!」
と、地味な暗い色の着物を出された。
昔の人は小さかったから、なおさら、丈も袖も短いらしいけど、、

こんな苦痛なショッピングは、もう二度としたくない。

着物自体のハードルも高い。

帯、帯揚げ、帯締め、長襦袢、肌襦袢、裾除け、腰紐、半襟、襟芯、伊達締め、帯板、帯枕、足袋に草履、、と、必要なものが多すぎて、素人が一式そろえるのは至難の業。

着物は”着付け”が必要で、着てヘアセットをしてもらうだけで1万円かかる。

そこまでして、わざわざ着なくて、いいか。 
諦めかけた所で、ふと思い留まった。

本当に、それで良いのか・・・?

成人式の振袖さえも着なかった私が、
せっかく着たいと思った、日本の伝統衣装。
同じ思いをしている、長身女性もいるのでは??

そんな想いから、長身女性専用の「ATEYAKA」は生まれました。

マイサイズにお仕立てできるワクワク感はそのままに、
トールな女性にぴったりの着丈・袖丈を用意して。
いっそ着物自体の煩わしさも全て取っ払って、
洗濯機で洗って畳んでしまっておけるものを、作りました。

せっかくのお気に入り、毎日でも着られるようにしたいから、
あえて着物そのものではなく、和の要素を取り入れたアパレルブランドにしました。

 これで1人でも、自分に自信が持てて、長身であることをプラスに思える人が増えたら嬉しいな。

想いに共感してくれる長身女子、絶賛募集中です!